円買い介入15兆3993億円の答え合わせ — ティックから事前に出した推定はどこまで当たったか
2026年8月28日19時、財務省が7月30日〜8月26日の外国為替平衡操作の実施状況を公表しました。円買い・ドル売り介入の総額は15兆3,993億円。月次ベースで過去最大です。
筆者は7月30日と31日の介入を、OANDA MT5のティックデータから執行の「脚」を切り出して規模を推定し、8月1日の時点で「2日間で約9.5兆円(8〜11兆円)」と書き残していました。事前に数字を置いてから答えを待つ、いわゆる事前登録です。答えは出ました。外れました。ただし、どう外れたかにこそ情報があります。この記事は、その答え合わせの記録です。
結論
- 公式値15兆3,993億円に対し、介入翌日にティックから出した事前登録の推定9.5兆円は−38%の下振れ
- 8月3日に日銀当座預金の予想乖離で7月30日分を再校正した推定15〜19兆円(中心17兆円)には、月次総額がレンジ下端付近で収まりました(中心値比+10%)。公表前に市場で語られていた「12兆円超」より近い
- 現時点で主なずれは換算係数です。報道された実施時刻とティック上の波の構造は整合していますが、公式の日次明細が出るまでは、各脚の帰属は確定しません
- 月次総額を7月30〜31日の脚だけで割ると1.05兆円/円、8月3日の急落も執行に含めると0.89兆円/円。現時点では「1円あたり約0.9〜1.1兆円」という条件付きの幅で読むのが妥当です
- 未決が一つ残ります。8月3日朝の2.6円の急落が「協調介入公表への反応」か「追加執行」かは、ティックの指紋だけでは判別できず、11月上旬の日次明細待ちです
1. 何が公表されたか
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 公表 | 2026年8月28日19時、財務省「外国為替平衡操作の実施状況(月次)」 |
| 対象期間 | 2026年7月30日〜8月26日 |
| 介入額 | 15兆3,993億円(円買い・ドル売り) |
| 従来の月次最大 | 4月28日〜5月27日の11兆7,349億円(今年のゴールデンウィーク介入) |
| 2026年累計 | 27兆1,342億円。2024年通年の円買い介入額(約15兆円)を既に上回る |
| 実施日 | 非公開。日次明細は四半期ごとの公表で、7〜9月分は11月上旬 |
| 公表前の市場推計 | 「12兆円超」(複数の報道) |
報道ベースでは、7月30日に日本単独で、米東部時間7月31日に日米協調で円買い介入が実施されたとされています。8月3日には片山財務相が日米共同声明とともに協調介入の実施を公表し、円買い介入としては28年ぶりの協調介入となりました。
一つ重要な前提があります。公式値は日本側の執行分だけです。米国側が側面支援として執行した分(報道では円買い・ユーロ売り)は、財務省の数字には含まれません。この点は後で効いてきます。
2. 推定をどう作ったか — 執行の「脚」を切り出して係数を掛ける
推定の骨格は単純です。
- ティック密度(1分あたりのティック件数)が平常時を大きく上回って跳ね、スプレッドが急拡大し、USDJPYとEURJPYが同時に下落してEURUSDがほぼ動かない(=純粋な円買い)区間を、介入の執行エピソード「脚」として切り出す
- 脚ごとに、開始から底までの値幅(ドローダウン、DD)を測る
- DDの合計に係数k(兆円/円)を掛ける
7月30日は22時36分ちょうどに無警告で始まった3波構成で、DD合計は6.39円でした。この日の規模は市場観測(「5兆円程度」との報道)と整合する4.5兆円(3.5〜5.5兆円)とし、これをアンカー(基準点)にしました。アンカーから逆算した係数はk≈0.70兆円/円です。
7月31日は、日中に160円台後半まで戻したところを17時54分以降、翌朝6時まで4イベント・9脚に分けて押し込む分散執行でした。
| イベント | 脚(日本時間) | DD | 特徴 |
|---|---|---|---|
| B | 17:54–18:00 | −1.62円 | 単発速攻。1分で−85pipsとキャンペーン最速 |
| C | 22:14–23:04(3脚) | −2.25円 | ロンドン・NY重複帯。EURUSDもやや下落 |
| D | 02:23–02:57(2脚) | −2.11円 | NY時間 |
| E | 05:06–06:00(2脚) | −2.25円 | NY連銀のレートチェック報道の直後。スプレッドは最大20pipsまで拡大 |
DD合計は8.23円。7月30日と同じ係数を掛けると約5兆円(4〜6兆円)になり、2日合計で約9.5兆円(8〜11兆円)。これが8月1日の事前登録です。
なお、係数の掛け方には線形則(DDに比例)と平方根則(DDの2乗に比例、脚を細かく切ると総額が小さくなる)があります。7月31日分の推定作業で、平方根則は脚の切り方次第で3倍も振れることが分かり、点推定には線形則を使う設計にしました。線形則は脚の切り方に対して頑健でしたが、月次総額だけでは線形則と平方根則のどちらが正しいかまでは確定できません。
3. 8月3日の再校正 — 日銀当座預金がアンカーの間違いを教えてくれた
介入の実弾額は、公表を待たなくても約定2営業日後に推定できます。介入で円が吸い上げられると日銀当座預金の「財政等要因」に映るので、短資会社が介入なしの前提で出していた予想との乖離が介入額の推定値になります。
8月3日、7月30日分の乖離から市場が推計した規模は6.4〜9.6兆円でした(短資会社によって幅があり、9.6兆円もあり得るという見方から6〜7兆円という見方まで)。アンカーの4.5兆円は明らかに小さすぎ、係数は想定の約1.6倍、1.1兆円/円前後だったことになります。
そこで7月30日を約7兆円に置き換え、7月31日の推定も係数を1.56倍して8〜12兆円に再校正しました。合計は15〜19兆円、中心17兆円。ここで、8月4日の当座預金で7月31日分の再確認をする予定でしたが、これは実施を飛ばしてしまいました(今回の唯一の運用ミスで、後述します)。
4. 答え合わせ
円買い介入額の答え合わせ — 公式15兆3,993億円 vs 事前登録9.5兆円 vs 再校正15〜19兆円
対象期間2026年7月30日〜8月26日。筆者の推定はいずれも日本側執行分(日銀当座預金に映る分)。誤差棒は主レンジ。バーにカーソルを合わせると根拠が出ます。
出典: 財務省「外国為替平衡操作の実施状況(令和8年7月30日〜8月26日)」、筆者の推定ノート(2026年8月1日事前登録・8月3日再校正)。
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| 段階 | 推定(日本側執行分) | 公式値との差 | 判定 |
|---|---|---|---|
| 事前登録(8月1日、ティック推定) | 7/30 4.5兆+7/31 5.0兆=9.5兆円(8〜11) | −38% | 下振れ |
| 当座預金で再校正(8月3日) | 7/30≈7兆+7/31 8〜12兆=15〜19兆円(中心17) | 中心値比+10%、レンジ内 | 月次総額と整合 |
| 市場推計(公表前) | 12兆円超 | 少なくとも−22% | 下振れ |
| 財務省公表(8月28日) | 15兆3,993億円 | — | 確定値 |
係数の条件付き検算 — 1円あたり0.9〜1.1兆円
7月30日と31日のDD合計は6.39+8.23=14.62円です。ただし、公式値15.3993兆円は7月30日〜8月26日の月次総額で、実施日別の内訳は未公表です。全額が7月30〜31日に帰属すると仮定すれば、k=15.40÷14.62=約1.05兆円/円。8月3日の2.59円も執行に含めるなら、k=15.40÷17.21=約0.89兆円/円です。したがって現時点で検証できるのは、事前登録の0.70兆円/円が小さかったことと、係数が概ね0.9〜1.1兆円/円の範囲にあることまでです。
| 前提 | k(兆円/円) | 事前登録との比 |
|---|---|---|
| 事前登録(7/30アンカー4.5兆円) | 0.70 | 1.0 |
| 8月3日の再校正(当座預金) | ≈1.1 | 1.6 |
| 公式値÷DD合計(7/30〜31だけと仮定) | 1.05 | 1.50 |
| 公式値÷DD合計(8/3も含むと仮定) | 0.89 | 1.27 |
月次総額が7月30〜31日だけに帰属するという前提なら、公式値から逆算した7月31日の日本側執行分は、7月30日を6.4〜9.6兆円とすると5.8〜9.0兆円(7月30日≈7兆円なら8.4兆円)。事前登録の5.0兆円を上回り、再校正後レンジ8〜12兆円の下端付近に収まります。
何が当たり、何が外れたか
当たっていたもの:
- 執行候補の検出(報道された実施時刻とティックの特徴が整合)
- 7月30日3波、7月31日9脚という波の構造
- 脚の切り方に対して線形則が比較的安定するという頑健性
- 当座預金ベースの再校正の方向と幅(月次総額がレンジ内)
外れていたもの:
- アンカーの絶対額、つまり係数k。推定の構造の中でスカラー1個が小さく、それが全体を38%押し下げた
つまり、ティックから介入候補の時刻と形を読むことはできても、公式の日次明細が出るまでは帰属を確定できず、「いくら使ったか」の絶対額もティックだけでは決まりません。当座預金という別の情報源で係数を校正する必要があります。次に介入が来たときは、係数の初期値を0.9〜1.1兆円/円に置き、T+2の当座預金で必ず再校正する運用にします。
5. 残る不確実性 — 8月3日の帰属と米国側の分
8月3日9時27分の2.6円は「反応」か「執行」か
8月3日の朝、片山財務相が協調介入の実施を公表した直後、ドル円は9時27分から19分間で157.81円から155.22円まで2.6円下落しました。この下落が追加執行だったなら、公式値15.4兆円のうち2兆円台がこの日に帰属し、7月31日分はその分だけ小さくなります。ティックの指紋を並べます。
| 7/30 第1波 | 7/31 B脚 | 8/3 9:27〜 | |
|---|---|---|---|
| 開始 | 22:36:00、無警告 | 17:54 | 9:27、公表後の東京時間 |
| 値幅 | −2.26円 / 8分 | −1.62円 / 6分 | −2.59円 / 19分 |
| ピーク密度(件/分) | 1,076 | ≈716(脚平均) | 1,002(9:28、フィード上限に張り付き) |
| 最悪1分 | −82.9pips | −85.5pips | −52.1pips |
| スプレッド最大 | 7.1pips | 20.0pips(E脚) | 5.4pips |
| クロス分解(USDJPY / EURJPY / EURUSD) | −2.18 / −1.86 / +0.33% | −0.73 / −0.67 / +0.06% | −1.48 / −1.36 / +0.12%(純円買い) |
| 直後の戻り | +78pips / 6分 | — | +74pips / 3分(V字) |
密度、純円買いの形、持続時間は介入級です。一方で、トリガーが協調介入の公表後だったこと(当局が公表したのは「先週の介入」で、追加執行の必然はない)、最悪1分の速度が7月30〜31日の6割にとどまること、スプレッドの拡大が小さいこと、V字で戻っていることは、協調介入の公表を見た円ショートの投げ(ヘッドライン・カスケード)でも説明できます。ティックだけでは判別できません。筆者は「公表への反応」寄りとみていますが、答えは11月上旬の7〜9月期日次明細で出ます。
どちらに転んでも、係数kは0.9〜1.1兆円/円の範囲に収まります。8月3日を執行に含めてDD合計を17.2円にしてもk=0.89で、「事前登録の係数は1.3〜1.5倍小さかった」という結論は動きません。
米国側の分は識別できない
再校正後の中心17兆円と公式値15.4兆円の差1.6兆円を「米国側が執行した分(財務省の数字に載らない円買い)」と読むと話は綺麗につながります。ただし、係数kの不確実性は±20%、金額にして±3兆円あり、1.6兆円はその中に埋もれます。ティック推定は円買い圧力の総量、公式値は日本側の執行分、という関係は確かですが、差分を米国側の規模と言い切るには精度が足りません。米国側の規模は、NY連銀が四半期ごとに出す外為操作報告を待つことになります。
6. 市場は15兆円に反応しなかった
過去最大の実弾額が公表された19時台、ドル円の値幅は4銭でした(159.656〜159.692円)。そして4時間後、ジャクソンホール会議でのウォーシュFRB議長の基調講演を受けて、ドル円は160円台を回復しました。7月末の日米協調介入後で初めてです。
ドル円と金: 介入額の公表には無反応、ウォーシュ講演で160円台回復、金は4,445ドルへ
15分足・日本時間2026年8月28日6時〜8月29日6時(週末クローズ)。上段USDJPY、下段XAUUSD(金)。陽線=赤、陰線=青。網かけは7月末の日米協調介入後で初の160円台。カーソルを合わせると四本値が出ます。
出典: OANDA MT5実測データ(15分足)。時刻は日本時間。
講演の要点は「物価安定が最優先」「インフレが目標へ明確かつ十分な速さで向かうと確信できなければ、やることがある」「フォワードガイダンスはそれ自体が徳ではない」。金利パスは示さなかったものの、9月利上げの織り込みは35%から60%へ上がり、2年債利回りは4.34%(+11bp)と1カ月ぶりの水準になりました。
この日の対ドル騰落率を並べると、主要7通貨がすべてマイナスで、円は−0.41%と中位でした。
対ドル騰落率: 主要7通貨が全滅、円は中位 — 160円台は「ドル一極高」で乗った
2026年8月28日9時 → 8月29日6時(週末クローズ)、日本時間、H1終値ベース。プラス=対ドルで上昇、マイナス=下落。バーにカーソルを合わせると始点・終点のレートが出ます。
出典: OANDA MT5実測データ(H1終値)。
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つまり160円台への上昇は円固有の材料ではなく、ドル要因だけで起きています。円固有の材料である「15兆円」は完全に無視されました。7月下旬の安値163.99円から協調介入後の安値155.22円までの円高幅8.77円のうち、約57%が消えた計算です。介入は「時間稼ぎ」だという見方が多いのは、このためです。
金は同じ夜に−3.2%の4,445ドルまで急落しました。CFTCの建玉報告では、投機筋の金ロングは8月25日時点で243.3千枚と前週から21千枚積み増されていて、講演の3日前に積み上がったロングが利上げ示唆で投げられた形です。「ドル逃避」のテーマは、FRBがインフレ退治を最優先と言った時点でいったん棚上げになりました。
おまけ: 講演の初動は何に反応したのか
23時ちょうどには、講演テキストとミシガン大消費者信頼感の確報が同時に出ました。1分足を開くと、最初の23秒間でドル円は159.394円まで31pips下落し、その60秒後には全戻ししています。
ウォーシュ講演の初動: 5秒前のドル買い → 23秒の全面ドル売り → 60秒で全戻し
USDJPY 1分足(ティック集計のbid四本値)、日本時間2026年8月28日22:45〜23:39。下段は1分あたりのティック件数。カーソルを合わせると四本値と件数が出ます。
出典: OANDA MT5ティックデータの1分集計。時刻は日本時間。
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この下ヒゲの間、EURUSDは+23pips、GBPUSDは+29pips、金は+27ドルと、すべての対ドル通貨が同時にドル売りでした。円固有の動きではなく、同時刻に出たミシガンの1年先期待インフレ(速報4.3%→確報4.0%)の下振れに反応したドル全面安が最有力です。講演本文の「利上げに傾く」がそれを60秒で上書きしました。同時刻に2つの材料が出るときは、初動ではなく1分後の方向を見る——雇用統計のときと同じ教訓です。
7. データ・再現条件と限界
- ティックデータはOANDA MT5のリテールフィードです。フィードは50ミリ秒単位で間引かれ(毎秒20ティック上限)、介入時はこの上限に張り付くため、ティック件数は真の出来高ではなく下限値です。バースト強度の比較にはティック間隔の統計も併用しています
- 執行「脚」の切り出しには±10〜20%の裁量が残ります。線形則は脚の切り方に対して頑健でしたが、平方根則は3倍振れます
- 係数kは「7月30〜31日のキャンペーン、日本側執行分」に対する事後的な値です。介入のスタイル(無警告の大波か、分散した中波か)や市場の厚みが変われば係数も変わりえます
- 公式値には米国側の執行分が含まれず、期間中の実施日も非公開です。8月3日の帰属は11月上旬の日次明細で確定します
- 日銀当座預金による推定は短資会社の予想との乖離に依存し、各社で幅があります
出典: 財務省「外国為替平衡操作の実施状況(令和8年7月30日〜8月26日)」(2026年8月28日公表)、片山財務大臣談話(8月3日)、日本銀行「日銀当座預金増減要因と金融調節」、ロイター「為替介入額が月次で過去最大、直近は15兆円超」(8月28日)、日本経済新聞「7〜8月の円買い介入、総額15兆円 過去最大も市場なお円安圧力」(8月29日、有料)、FRB「Keynote remarks by Chairman Warsh at the 2026 Jackson Hole Economic Policy Symposium」(8月28日)、ロイター「Rate-hike expectations rise on Warsh speech at Jackson Hole」(8月28日)、CFTC建玉報告(8月28日公表・8月25日時点)、OANDA MT5実測データ。介入後の投機筋の動きは投機筋の円売り、1週間で72%消滅 — CFTC建玉報告で見る日米協調介入の戦果、ティック分析の手法は2026年8月7日 米雇用統計(NFP)ティックデータ・インパクト分析を参照してください。
本記事は市場データの記録・分析を目的としたもので、投資助言ではありません。






